「雅楽」と聞いて思い出されるのは神社でしょうか、お寺でしょうか。
日本は元々は神仏習合で、神道と仏教とをはっきり区別していませんでした。明確に分かれるようになったのは明治以降、神仏分離が行われてからです。
ですから、その時に神社として存続するようになったところでも、宝物殿には仏像があったり、建築物が明らかに仏教様式だったりします。
また、大きなお寺にはだいたい境内の中に鳥居があり、神様もお祀りしていたことがわかります。
「雅楽」は1300年近く前に日本に入ってきていますから、残っているのは神社だったり、お寺だったりし、どちらも祭礼、法要の際に演奏、舞われてきました。
東大寺の大仏開眼供養は732年(天平勝宝4)に行われていますが、その際の法要では、仏教の声楽である声明(しょうみょう)による四箇法要が僧侶によって行われ、それから日本、中国、朝鮮の楽人・舞人らによる楽舞が披露されました。
声明は通常、楽器なしで唱えられますが、法会で雅楽が演奏される際には、僧侶の入退場時や諸々の所作の伴奏的な役割を担っています。法会次第に雅楽の演奏が関わるような音楽性豊かな法会もあります。
声明と舞楽と一緒に行う舞楽法要はあちこちに残っており、今でも四天王寺の聖霊会や、三千院御懺法講(おせんぼうこう)、大念佛寺万部法要、當麻寺(たいまでら)二十五菩薩来迎会などは有名です。
昭和55年10月の東大寺大仏殿昭和大修理落慶法要では、開眼供養会の再現を行い、壮大な法要が営まれました。
当時の様子は写真が残っており、それを見ると雅楽殿の後ろに大勢の僧侶が並んでいることが分かります。
この昭和55年の法要は大プロジェクトで、大仏開眼の時に上演された「伎楽」の一部も復元されました。
伎楽は、その法要時に使われた面が正倉院に残っていますが、鎌倉時代に絶えてしまっていました。
伎楽の復元は、現存する資料を元に、宮内庁楽部楽師・芝祐靖(復曲)、NHKプロデューサー・堀田謹吾(企画)、元宮内庁楽部楽長であり小野雅楽会会長だった東儀和太郎(振付)、東京芸術大学教授・小泉文夫(監修)、大阪芸術大学教授・吉岡常雄(装束制作)といった人たちがあたり、雅楽部総監督は佐藤浩司天理大学教授、演技は天理大学雅楽部が担当しました。
その後、天理大学雅楽部は伎楽の復元試作を続け、復曲は引き続き芝祐靖が当たり、1990年(平成2)には文献に残っている伎楽曲をすべて復刻、雅楽部も演奏できるようになっています。
東大寺では2002年(平成14)には、「大仏開眼1250年慶讃大法要」が5日間にわたって行われ、その際も舞楽法要や、伎楽などが上演されています。
参考:昭和55年10月東大寺大仏殿昭和大修理落慶法要
https://www.library.pref.nara.jp/supporter/naraweb/page_thumb12933.html
雅楽や舞楽を元にした民俗芸能は日本各地に残っていて、北は山形から南は九州まで多くの芸能があります。
山形に残っているのは奥州藤原氏の影響もあるのではないかと推測されます。
京都、奈良、大阪は元々三方楽所の本拠地ですので、周辺にたくさん残っているのも頷けますね。
また広島の厳島神社にも残っていますが、こちらは平清盛の威光を感じます。
文献にだけ残っている曲を復刻させた例は伎楽だけではなく、雅楽にもあります。
楽器の復元は楽器が正倉院に残っていますし、天平時代の絵や彫刻に描かれていて演奏姿もあるので、見てある程度は分かりますが、音楽と舞は資料が残っていても、文字でしかないため、なかなか難しいことです。
国立劇場の雅楽公演では、復刻された演目も上演されており、貴重な機会を得られます。
また、国立劇場は雅楽器のための新しい作品を現代の作曲家に委嘱、公演を行ってきました。
武満徹も、管弦楽曲『秋庭歌 一具(しゅうていが いちぐ)』を1973年(昭和48)に作曲(1979年(昭和54)に改訂増補)しました。
6曲からなり、50分を超える大曲ですが、雅楽器の伝統的な技法を用いながら、通常とは異なる編成で新しい響きを生み出しています。
しかし知らない人が聴いたら、普通の雅楽の曲だと思わせるほど自然です。
もはや『秋庭歌 一具』は現代雅楽の古典と言っても過言ではありません。
最近は、雅楽を儀式音楽としてではなく「鑑賞する音楽」として楽しもうという動きがあり、雅楽器の音色を生かした作曲・演奏するアーティストや、古典雅楽の曲をアレンジするような人も増えています。
細川俊夫の『観想の種子』は声明と雅楽という、まさに法要の形を取り入れた曲になっています。そのほかにも雅楽器を単独で取り入れた曲などもたくさん作曲されています。
東儀秀樹さんは篳篥のソロでデビューし、人気を博しています。お笑い芸人のカニササレアヤコさんは東京芸術大学音楽学部邦楽科雅楽専攻に進学し、雅楽とお笑いというなんとも異色な組み合わせで活動しています。
*国立劇場は2023年10月末で建替えのため休館。再開は様々な事情により、見通しが立っていません。
以下の記事もぜひ、ご覧ください。