多朗さんがサウンドトラックのアレンジャーとして携わった米FX(ウォルト・ディズニー・カンパニーのFXネットワークが所有する有料テレビチャンネル)の大河ドラマ『SHOGUN 将軍』は、初回再生回数が歴代No.1を記録。エミー賞2024では歴代最多エントリー、史上最多18部門での受賞という歴史的快挙を達成。「リミテッドシリーズ」だったはずが、大ヒットを受けて続編の制作が決まっている。
公式サイトには、
「『トップガン マーヴェリック』の原案者が製作総指揮、真田広之プロデュース/主演。
徳川家康ら、歴史上の人物にインスパイアされた【関ヶ原の戦い】前夜、窮地に立たされた戦国一の武将<虎永>と、その家臣となった英国人航海士<按針>、二人の運命の鍵を握る謎多きキリシタン<鞠子>。歴史の裏側の、壮大な“謀り事”。そして、待ち受ける大どんでん返し。SHOGUNの座を懸けた、陰謀と策略が渦巻く戦国スペクタクル・ドラマシリーズ。」
と、ある。
つまり舞台イメージは、織田信長から始まった戦国時代末期の終結前夜。「夜明け前の闇が最も深くて暗い」と言うが、正に日本に黒く、重たい、緊迫した、冷たい空気が漂っているような世界が描かれている。
何が善で、何が悪なのか。誰が見方で、敵なのか。そもそも仲間はいるのか。侍、武将の妻たち、外国人、宣教師、キリスト教信者など、それぞれの立場、思いが幾重にも折り重なり物語は進む。
誰が主人公なのか、皆が主人公なのではないか、とさえ思わされるほど没入感(イマーシブ、#immersive)、余韻は大きい。
封建制下の日本の歴史と伝統に基づいたストーリーを映像化するための時代考証、リサーチに膨大な時間が費やされ、衣装や小道具、所作など細部にまでとことんこだわって撮影は進められた。
アカデミー賞のオリジナル作曲賞受賞経験もあるアッティカス・ロスや、レオポルド・ロス、ニック・チューバは、台本を読み、撮影が進む中で、「音楽をめぐるアプローチも変わった」と言う。
もともと、エピックとオーケストラを掛け合わせる構想だったが、エピックのみでの表現にシフトチェンジ。さらに、日本の伝統楽器、音楽(雅楽)を用いることにした。
多方面の日本音楽を研究する中、彼らの探究の航路は多朗さんにつながった。
共に目指したサウンドは、〝この脚本、この作品に合った音楽〟。ただただ古い時代、戦国スペクタクルを表現するわけではない。他作品への汎用性はない。今の時代に描かく「SHOGUN」に合った音楽だった。
先ずは、アッティカスらの要望を受け、多朗さんが笙、篳篥、楽琵琶など雅楽で使われる楽器、さらに三味線、尺八など日本の伝統楽器を紹介。それらを聴いた上で次々と書かれていく曲の草案に、多朗さんが邦楽器を選び、譜面にお越し、日本屈指の奏者たちに時に即興に近い形で奏でてもらう。アッティカスらに戻し、さらに手が加えられ、また多朗さんがアレンジをする。これらの作業がすべてリモートで幾度も、数か月も繰り返された。
アッティカスたちは「自分たちの音を聴きつつも、曲が(作品の)雰囲気や風景に変わるというフィードバック・ループの中にいるような感じだった」と語っている。
多朗さんは、彼らが求める音楽のイメージに、不思議、不確定、不安定、不明といった【不】というテーマを感じたという。実際に、太鼓などの明確にリズムの想定の付くものは求められなかった。
彼らが欲したのは、AIをはじめとする今の【物事をわかりやすく整理する】【分ける=分かる】という感じとは逆のイメージ、「境界が曖昧なもの」。
時代、文化、精神性、楽器の音が幾重も折り重なり、不可思議(#layer #mysterious)で音楽の枠を超えた存在である「雅楽」が、彼らのイメージと重なった。
そして、雅楽、伝統楽器に「今」の表現が重なり、さらに豊かな表現が生まれた。
具体的には・・・、
「メインタイトル」は声明を加えた、日本の伝統楽器、アーティストすべてが登場。【不】【未知】への不安を搔き立てつつ、何者かへの畏敬の念を感じる荘厳な響きが全体を包み、物語に誘う。
第1話冒頭の英国人航海士<按針>を乗せたエラスムス号の漂流シーンのサウンドは、これから何が起こるのか分からない未知の状況にいる、向かう登場人物たちの不安な心理、【不】のイメージを掻き立てるような音楽になっている。篳篥の音をキーボードで表現できるようにし、SF的なサウンドを作ったと言う。
個人的には、第3話。按針たちが窮地の中でも奮い立つ覚悟を決める言葉が交わされた直後、朝日が昇り、光が射す。その時、雅楽を交えた音が光と化し、地上に射しこんできたのだ。とても不思議な神秘的な感覚だった。映像と音、登場人物の感情が一体になっていた。
ある取材でニック氏はこう語っている。
「音楽の面では、按針含め、すべてのキャラクターの人生に寄り添って作りました」と。
正に、多朗さんが大学院の研究課題に取り上げた、武満氏の表現手法「映像と音の対位法」ではないだろうか。
そして、雅楽、日本の伝統楽器が大きく寄与していることに特別な意味を感じざるを得ない。
次回、海外からみる「雅楽」という存在、音の魅力について、さらに、探っていきたい。
そこから、「雅楽」の未知の力が見えてくるような気がする・・・。
Written by Atsuko Aoyagi / ao.Inc.
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