雅楽は千四百年以上前、異国から伝来し、
日本の風土から創出された文化、思想、美学、哲学、天文学、風習など様々な色がふわりと、時に重厚に重なり生まれた音色だ。
実際、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)の三種の管楽器、琵琶、箏の二種の絃楽器、太鼓、鞨鼓(かっこ)、鉦鼓(しょうこ)の三種の打楽器の編成で演奏され、曲、シーンによって舞や歌も重なる。
指揮者はいない。演奏者、歌う者、舞う者は、互いの呼吸、間を感じ合い、音を重ねていく。
【雅楽は〝レイヤー〟】とお伝えしてきたが、
多朗さんが始めて雅楽楽器を用いた曲は、レイヤーの一重一重を見つめ直し、脱がせたものだった。
2014年。
多朗さんは、母校である東京藝術大学企画、同大美術館・陳列館で開催された「別品の祈り 法隆寺金堂壁画展」のための音楽を同大教授から依頼された。
しかも、「1階は雅楽、2階は声明」という指定があった。
公式ホームページによると同展は、
「1949年に焼損した法隆寺旧金堂壁画を全面原寸大で焼損前の姿に復元するとともに、最先端技術のスーパーハイビジョン(8K)プロジェクターを用いて、法隆寺金堂をテーマとした超高精細映像表現作品を展示」「焼損前に撮影されたガラス乾板やコロタイプ印刷、画家による模写などの資料をもとに、最先端のデジタル技術によって画像を統合し、さらに、本学がもつ壁画複製特許技術を用いて制作することにより、東京美術学校から受け継がれてきた『伝統』に、『現代』を織り込んだ新しい模写を提示」とある。
法隆寺旧金堂壁画が描かれたのは、なんと飛鳥時代。
金堂外陣を飾る全12面のうち4面の大壁(たいへき)は幅約2.6m、高さは約3.1mあり、日本絵画のなかでも最大級(小壁8面は幅約1.5m、高さは同じ)。そして、仏様のお姿がとにかく大きいという。
焼損してなお、国の重要文化財に指定されている。
それを現存するあらゆる資料を基に、デジタル技術で実際の寸法で再現したり、アニメーション化したりしたのだ。
そして、その尊い仏画が囲む展示空間の音を、多朗さんは任されたのだ。
大学で学ぶ中で雅楽に触れたことはあった、まさか、作曲することになるとは―。
約1カ月半。
あらゆる文献、資料を読み、調べ、曲も聴いた。未経験、未知の領域だ。しかも、来場者が「展示を観る」ための美術館の曲でなければいけない。悩みに悩み、「本当に苦しかった」という。
そこで改めて展示自体を見つめる。仏画に描かれた御仏の表情を見つめた。
その眼は、西洋の宗教絵画の神々のほほ笑むような、慈しむような瞳ではない。薄く開き、捉えどころのない、どこか空(くう)を見ているようだった。
「ああ、皆を、世界を平等に見ている眼差しなのだ」
「幸福の時にも、地獄のような状況の時でも認め、見守られていることが希望なのだ」
平等に注がれる眼差しは、雅楽の世界に似ていると感じたという。
仏の眼差しの先に、人間の一生を感じたという。
そして、一生を見守られ、骨になっていく人間の姿を感じ、表現した「骨歌」が生まれた。
いくつもの音色が重なり合う絢爛な雰囲気の雅楽から、楽器を一つ一つ剥いでいく。
豪華な服を着た人間が一枚一枚服をはがされ、最期は骨になっていくように。顕わになっていくように。
楽器をシンプルに、楽琵琶のみにした。
雅楽は、基本的にはオーケストラのような大人数での合奏が基本となっているが、時代を遡ると楽琵琶の独奏なども行われていたという。
今ではなかなか耳にする機会はないが、幸運なことに、現代も独奏を行う希少な楽琵琶の名手・中村かほる氏の演奏に出合い、その音が曲のベースになった。
それでは、実際に聴いてみてください。
いかがでしょうか。
私は、この曲を聴いた時、御仏の眼差しの前に佇む自分を観ました。
さらに、もう一曲。指定の声明を用いた曲「万象歌」も完成させました。
声明をベースにしつつ、歌(音楽家オオルタイチ氏)、チューバ、太鼓、シンセサイザーという楽器編成からも分かるように、原曲からは遠い音楽になっている。
多朗さんの手によってレイヤーは一度剥され、分解・分析され、
多朗さんならでは、現代ならではの、新たな雅楽の曲が生まれた。
ある意味、多朗さんは自分を、今を、「かさね」たのだ。
展示期間中、この曲を聴いた世界的音楽家・坂本龍一氏に別室に呼ばれ、賞賛の声を掛けられたという。
以来、多朗さん自身も作曲家として新たなレイヤーが加わっていった。
多朗さんはいう。
「雅楽のエッセンス、雅楽楽器を用いた作曲が大変だけれど、楽しくて仕方がない」と。
「雅楽」に近付いた多朗さんが改めて気付いた雅楽の魅力や不思議、
そして、雅楽をどう現代の音楽に、映像音楽に生かしていったのか。
まだまだ、探っていきたい。
Written by Atsuko Aoyagi / ao.Inc.
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