前回(【gagaku譚12:笙は生なり】)は「笙の形状、音色に、そして、演奏形式にも、『生』をみることができる」とお伝えした。
もう少し、探ってみよう。
◆「吹く」「吸う」。生命の音
笙は、息を吹き込んでも、吸い込んでも、同じ音をだすことができる世界的にも稀な仕組みを持っている。
笙は1本1本にそれぞれ簧(リード)がついている。一枚のリードにコの字型に切り込みを入れ、その切り込みの中の部分が振動するように0.何ミリの世界で削り込み、吹いても吸っても同じ音程の音が出るように調整されているのだ。そのリードの振動数とそれぞれ竹の管の長さが絶妙な空気の流れを生み、何とも不思議なあの音を創出する。
「吹く」「吸う」を繰り返して音を進行できるこの演奏技法は、
人間をはじめ多くの生物が生きていく上で欠かせない生命活動である「呼吸」と合致する。
〝人間的特性を持った楽器〟
そう喩える方もいるほど、「生」を映し出す、反映する楽器なのだ。
呼吸に音、色がつくと想像してみた。
息を吸って、吐くことがとても大切であること。呼吸できることへの感動がこみあげてきた。
笙は古の人々が、自分の呼吸に音色がついた光景を想像して生み出したのではないだろうか。
または、天の音である笙の響きに自身の呼吸(生命)を重ねることに天とのつながりを見出した、求めたのだろうか。
調べると、仏陀は、呼吸を意識する大切さもお説きになられている。
◆和
笙は、5~6つの音を同時に鳴らすことで和音を奏でることができる。その奏法は「合竹(あいたけ)」といい、日本の楽器の中では珍しく、和音を奏でることができる楽器だ。
雅楽では、管絃と左方舞楽で用いられ、ハーモニーの部分を受け持っている。また、催馬楽や朗詠では「一竹(いっちく:一本吹き)」と呼ばれるメロディーを奏でることもある。一竹一竹の音も、天を求めて真っすぐに光が伸びるように清明で、不思議で、惹き込まれる。
異なる音が重なり合い、和の音を奏でる。
人間の呼吸と笙という楽器が一体化して和音を奏で、雅楽の合奏全体を包み込む役割を担っている。
調和。和の調べなのだ。
そして、この「和」は自然と人との和も象徴しているという。
笙は、自然のものでできている。
・竹(煤竹・すすたけ)の管
・漆の塗られた木製の頭(匏・ほう)(笙の原型は匏【ひさご、瓢箪の類】でできていた。そのため匏ともよぶ)
・金属(伝統的には銅合金の黄銅(真鍮)または、青銅(ブロンズ))を使用した簧(した・リード)。
この他の部分も自然由来であり、修理、接着の材料も、本来は、自然のものを使っている。
そう。人と自然が調和しているのだ。
2000年、3000年以上前にアジア大陸のどこかで発祥し、古代中国や朝鮮などの国々で発展し、1400年前、飛鳥時代ごろに日本に渡って来たと言われる笙。
「天人合一」。
「天と人とは理を媒介にして一つながりだと考える」(『広辞苑』)という中国の古代思想、哲学概念がある。
「天」は天道であり、自然であり、自然の法則を指す。「人」は人道であり、人為。
人間と万物はともに「天地の気」を受けて生まれ、人と万物自然は調和と均衡、統一の中にあり、「天」と「人」の調和こそが最高の理想である、という考えだという。
この思想は中国、そして、日本にも伝わり独自の発展もして思想、哲学、医学など、そして音楽にも息づいている。
雅楽の演奏の調和を保ち、人と楽器をつなぎ、和ませ、人と自然を調和する。
笙は、生であり、和である。
生と和(調和)は一体で、相互に関係し合っていることが望ましいということなのだろうか。
他にも、笙は「生」「和」の象徴であることに関連する研究はまだまだ多く存在するようだ。
今回は、ひとまず、これまで。
なぜなら、多朗さんと私は先日、笙を半世紀以上かけて探究し続けるある御方に出会った。
その御方にご教授いただき、ご紹介できる日をしばしお待ちいただけますと幸いです。
Written by Atsuko Aoyagi / ao.Inc.
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